創立80周年記念式典式辞
南部町から約8千キロメートル離れた北欧スウェーデン、8月下旬は白夜の余韻が残っているため、夜8時を過ぎても空に星を観ることがありません。そのような時期、世界中から期待の星たちが首都ストックホルムに集いました。「水のノーベル賞」とも呼ばれるストックホルム水大賞、そのジュニア部門であるストックホルム青少年水大賞の開幕です。今年度本校は日本代表として、通算5回目の出場を果たしました。惜しくも受賞には至りませんでしたが、研究内容が全国版のニュースで放映されたり、複数の農機具メーカーから問い合わせがあったりするなど、大きな反響を呼んでいます。
この大会に出場したのは、環境システム科環境研究班です。環境システム科は、当地域の産業構造等を踏まえ、農業経営に必要な学習は勿論、農業科でありながら工業の学習もできるといった全国的にも希な学科として、平成25年度に誕生しました。このような特徴を持つ一方で、着実に成果を上げてきたのが各種コンクール・コンテストでの受賞です。ストックホルム青少年水大賞でのグランプリ、ECO-1グランプリでの内閣総理大臣賞、地球環境大賞での文部科学大臣賞など、「研究活動と言えば名久井農業高校」と言っても過言ではないほど本校の名を世に知らしめました。このように、創立70周年以降は、新たに誕生した環境システム科が本校を牽引してきた10年間でした。
そして、本校の実績を語る上で忘れてはならないのが、通算8回の日本一を誇る学校農業クラブ活動です。平成25年度の意見発表を最後に日本一から遠のいていますが、今年度の県大会では11部門中6部門、東北大会では9部門中2部門で最優秀賞を、また、全国大会では出場した選手全員が優秀賞を獲得するなど、活動の火を絶やさず守り続けています。
私事で大変恐縮ですが、私自身も農業高校出身で、母校の三本木農業高校在学中は農業クラブ活動に明け暮れていました。当時三農は、全国大会5連覇中で「東の横綱」とも呼ばれ、6連覇を目指す輪の中に私もいました。しかし、その頃の名久井農業高校は、強力なスタッフと勢いに乗った生徒たちとが一丸となり、三農の日本一どころか東北大会出場をも阻む、高校生の私にとって名久井農業高校は、にっくきライバル校と言うべく強豪校となっていました。結局私達は幾つかの部門で東北大会・全国大会に出場したものの、念願の日本一は取れず、しかし夢を諦めきれなかった私は、「今度は指導者として日本一!」を目標に、農業高校の教員という道を選びました。そして教員に採用され、着任を命ぜられたのが・・・これは運命のいたずらなのか、それとも巡り合わせなのか、かつてのライバル校名久井農業高校だったのです。
しかし、名久井農業高校で勤務してみると、あの強さの秘密がすぐにわかりました。1つめは、霊峰名久井岳に見守られ、郡部校ならではのゆっくりと流れる時間の中で、自分がやるべきことに打ち込めること。2つめは、南部町には大変失礼ですが、小さな町と小さな学校だからこそ頼り合い、築けている絶妙な連携と、南部町の懐が深い教育。3つめは、小規模校が故にまとまりのある職員と、生徒へのきめ細かい指導。そして生徒たちは、この地域の人柄を象徴するかのようにどこまでも素直でピュアで、コツコツと粘り強く物事に取り組みます。更に、手を掛ければ掛ける程、持っている以上の力を出してくれ、輝きを増す、まるで原石のような姿に、私は何度心を奮い立たされたり、癒やされたり、励まされたりしたことでしょうか。そんな生徒たちは、未熟な私を教員としても成長させてくれ、また、私が目指してきた農業クラブ活動においても、たった7年の間に3回も激戦区東北を勝ち抜き、全国大会へ連れて行ってくれたのです。名久井農業高校の生徒は、私の自慢の生徒たちです。
ご来賓の皆様、地域の皆様、そして学校関係者の皆様、本日は皆様の貴重なお時間を頂戴し、創立80周年記念式典を挙行できますことに、心より御礼申し上げます。現在、青森県の高等学校教育改革は、生徒数の減少により、かつて年間2万人近くいた高等学校への入学者数が、現在は1万人を割り、10年後は更に2千人減の約8千人となるなど、大きな曲がり角を迎えています。しかし、どのような状況においても、変わらず本校に対し御支援御協力くださり、誠にありがとうございます。特に地元南部町からは、工藤祐直町長が「南部町立名久井農業高等学校」と最大の親しみを込めて呼んでくださることをはじめ、過分なる御支援を賜り、いつも感謝しかありません。
よく「教育の成果はすぐには現れないし、簡単に数値化できない」とされていますが、皆様からの御支援のおかげもあり、本校の生徒は着実に成長しています。例えば、本校は地域交流の機会が多いという特徴もありますが、中学校時代、他校に進学した各クラスのリーダーの陰に隠れていた生徒たちにもスポットライトが当たり、人前に立ち、積極的にコミュニケーションをとり、堂々と発表をし、ハキハキと受け答えができるようになるなど、今の子どもたちに不足しているとされる「自己肯定感」や「自己有用感」が高まり、自分に自信がついてきていること。更には、冒頭でも紹介しましたように、全国規模のコンクール・コンテストでの受賞を始め、時には世界大会をも制するなど、とてつもないことを成し遂げてくれています。名久井農業高校は、チャンスやドラマの宝庫です。
そしてもう一つ皆様に知っていただきたいのが、地元への定着率です。現在、高卒就職者の県内就職率が青森県全体で約60%なのに対し、本校の県内就職率は、ここ10年間だけを見ても75%に達しています。つまり、本校から巣立った卒業生の多くが故郷に定着し、この地域の産業を支えているのです。本校卒業生のことですから、派手な活躍は好まず控えめに過ごしているかも知れませんが、それぞれの職場でコツコツと粘り強く、しかし、ここぞという時にはきっといい仕事をしてくれているに違いありません。正にこれらが、皆様からの御支援が加わったことによる、短期的そして長期的な教育の成果だと私は感じています。
本校もその御支援に応えるべく、これからも一層地域との連携を強化するため、80周年のロゴマークに「Area Design」の文字を刻みました。地域と一体となった研究活動や地域のイベントへの参加をとおして、名農生の声を響かせながら地域の活性化や地域作りに主体的に関わっていくという決意が込められています。そして、先輩方から受け付いだ本校のアイデンティティとも言うべく緑育心(緑は心を育てる)の教えにプライドを持ち、卒業生の皆さんがいつでも帰って来ることができるよう、この学び舎を守っていきます。
結びに、これまで本校の礎や歴史を作ってくださいました諸先輩方、そして、本校発展のため、長きにわたり御支援・御協力を賜りました全ての皆様に心から敬意と感謝の意を表し、式辞といたします。
ストックホルムの夜空に白夜の余韻が残っている頃、南部町の夜空には天の川が広がっています。天に輝く一つひとつの星は社会で活躍する一人ひとりの卒業生のように、そして星たちが集まり形成される天の川は、8802名の卒業生や創立80周年という時の流れのようにも感じられます。本校がこの先、90周年、100周年と歴史を重ね、地域で活躍する次世代の担い手たちを輩出し続けられますように・・・そして願わくは、地域全体に、希望に満ちあふれた未来が訪れますように・・・
令和6年11月16日
青森県立名久井農業高等学校 校長 小笠原理高